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[Ravenna のシンボル](955bytes)

Ravenna

上の絵は Ravenna 市のシンボルである。 そう、Ravenna はモザイクの町なのである。 イタリアに来て最初の頃に Venezia のサンマルコ寺院のモザイクを見て感動したのだが、美しさで言えば、この町のモザイクにかなうものはない(らしい)。

Padova から Ravenna に行くには、Ferrara という駅で一旦列車を乗り換える必要がある。 時間は、Padova から Ferrara までが 40 分強、Ferrara から Ravenna までが 70 分強である。 Ferrara からは各駅停車しか走っていないので、まわりの風景を楽しみながらのんびり行きたい。

まずは Viale Ferini を通り、Popolo 広場に出る。道が分かりにくかったので、看板を目印に Information まで行って地図を貰う。 そこからちょっと歩くとメインの目的地である Basillica di San Vitale, Mausoleo di Galla Placidia に着く。 この日はかなり暑かったので、歩いていると汗がどっと吹き出てくる。 駅を出て左側には自転車の貸し出しをやっているところがあるので、それを利用すればよかったと多少後悔する。 因みに教会などの券を買う際は共通入場券を買うのが良い。重要な箇所はほぼこれで入れる。

Basillica di San Vitale, Mausoleo di Galla Placidia

この町に来たなら、まず訪れなければいけないのがここである。 隣りに美術館もあり、入口は共通になっている。 Basillica di San Vitale が 6 世紀、Mausoleo di Galla Placidia は 5 世紀の建物である。 「地球の歩き方」には、ビザンチンの教会は外側は地味だが中は豪華だとか書いてある。 確かに Firenze の花のドゥオーモとか Venezia のサンマルコ教会とかと 較べると、外側はほとんど装飾されてないに等しいのだが、建物の形自体は意外 と面白かったりする。

まずは San Vitale の中に入る。 綺麗だと聞いてはいたもののやはり圧倒されてしまった。 教会等の主な建築資材が石であったためか、「石の文化」というものの水準の高さが窺える。 外に較べて教会の中が涼しかったこともあり、結構長い間、画に見いっていた。

外に出ると、向かいに Mausoleo di Galla Placidia が見える。 ここのモザイクが、Ravenna ではもっとも古いものだと言われている。 San Vitale の方はどちらかというと絵の構図などが見事だったが、こちらは色彩の豊かさが素晴しい。 Mausoleo というのは霊廟のことなのだが、石を薄く切ったような窓から入る淡い光に照らされた天井のモザイクは死者を慰めるのにふさわしい。

ここを出た後は一旦インフォメーションのあった所まで戻り、Via Pasolini を経由して Duomo 広場まで行く。

Duomo, Battistero Neoniano, Museo Arcivescovile

ここのドゥオーモは割とイタリアでは良くみかけるタイプのものだった。 初めて見たらきっと感動したのだろうが、ちょっと見飽きたかなという感じ。 その脇にあるのが、Battistero Neoniano (ネオニアーノ洗礼堂) で、中の丸天井には十二使徒の図などのモザイク画がある。 これも 5 世紀頃のものらしい。 こことドゥオーモの間をくぐって裏側に周ると Museo Acrivescovile に出る。 ここの目玉は、5 世紀に作られたという装飾の施された椅子と、その椅子の置いてある部屋の左に入ったところにある Santa Andrea 礼拝堂のモザイクであろう。

そこから北の方に歩いてダンテの墓に向かう。 途中のおもちゃ屋さんで、たまごっちを発見する。 (ヨーロッパでは 5 月の半ばに発売されたらしい。) が、ショーケースの中の Tamagocchi には prenotati という札が。 こっちでも品薄なんだろうか。 それはそうと、Tamagocchi をイタリア語式に発音するとタマゴッキとなってしまう。 テレビのコマーシャルでもどっちかよく分からない発音をしていた。

ダンテの墓

ダンテの墓は Caduti 広場の東側にあるのだが、いろんな棺とかがあって、どれが何やら分からなかった。 ダンテが Ravenna で死を迎えたのは Firenze を追い出されたためだそうだが、そのためか、Firenze からはずっと蝋燭が贈られ続けているそうである。

このダンテの墓は San Francesco 教会の隣にあるのだが、この教会の奥には L.200 とか L.500 を入れると照明がついて見ることができるようになる、地下の部屋がある。 最初はよく分からなかったのだが、実は水がはってある。 魚が泳いでいるのを見て初めて気がついた。 底の方にモザイクの床が見えて綺麗である。

Basilica di S. Apollinare Nuovo

ここも Ravenna を訪れた際は是非見ておきたいところである。 6 世紀の建物。天井はこれまで見た教会とは違い平だった。 また、内部の両脇にはコリント式の柱がずらっと並んでいる。 この柱の上の壁の部分がびっしりとモザイク画で覆われている。 このモザイク画は、人がずらずらと並んでいる構図になっていて、何故人が並んでいるかは奥まで行けば分かるようになっている。 ま、偉い人に貢ぎ物を捧げたり、お供についていったりしているわけですな。

この後、Via di Roma まで引き返して東に行き、Porta Serrata の手前で北に曲がるとブランカレオーネ城塞 (Rocca Brancaleone) に出る。 ここから最終目的地のテオドリコ霊廟 (Mauoleo di Teodorico) に向かった。 これは駅の裏側にあるのだが、ここから行こうとすると、車道しかないような道路を進まねばならず、夕方で車通りが多かったこともあり、苦労した。 イタリアに来てから多少この辺のタイミングの取り方に慣れてきていたこともあり何とか目的地に辿りついたのだが、残念なことに改修中なのか中には入れなかった。 一枚岩から切り出して作ったということで期待していたのだが。

そこから駅の裏側に道を通って戻ったのだが、これは失敗であった。 ミラノなんかは別だが、それまでの経験だと、一般にイタリアの駅というのは町の端ないしは、町の中心からはちょっと離れたところにあり、駅の出口も片方にしかないことが多い。 この駅も例外ではなく、結局は反対側まで周らなければならなかった上、裏側の道路には歩道がなく、横を車がびゅんびゅん走っている脇を歩かなければならなかった。

どうでもよいことだが、帰りの電車では向かいに座っていた女の子が bit bit というたまごっちもどきのゲームで遊んでいた。 こちらではたまごっちよりも流行っているかもしれない。


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