ニューロマンサー
NEUROMANCER
サイバーパンク・ムーブメントの引き金となったこの作品がハヤカワ文庫から出版されたのは1986年。俺がこの本にであったのは1991年である。だいぶ乗り遅れてしまってる。俺の記憶だとサイバーパンクという言葉に初めて遭遇したのはたしか大友克洋の「アキラ」を評した文句だったと思う。1991年にはもうこの言葉はあまり耳にしなくなっていた(と思う)。
「南の空の色は、空きチャンネルに合わせたTVの色だった。」
多くの人同様、読み始めて感じたのは「ブレードランナー」であった。喧噪と雑踏。酒と薬。そしてサイバースペース。サイボーグ化された身体。
様々なSF的小道具がなんの説明もなく遍在するのが逆に圧倒的リアリティーをもっていた。(個人的にはこういう表現技法はサイバーパンクの特徴の一つだと思うのは勉強不足ですね。)
当時の俺はテクノロジーとはほとんど縁のない生活をしていたんで、そろそろ一般化しつつあったインターネットなんぞ聞いたこともなかった。にも関わらず電脳空間の概念はすんなり納得できたのはやはりギブスンの凄いところなんであろう。
目次だけ読んでもかっこいいのだよ
- 第一部 千葉市憂愁 Chiba-city Blues
- 第二部 買物遠征 Shoping Experience
- 第三部 真夜中のジュール・ヴェルヌ通り
- 第四部 迷光仕掛け Stray Run
- 結尾 出発と到着 Departure and Arrival
サイバーパンクとは「ニューロマンサー」である。リドリー・スコットの映画「ブレードランナー」をおもわせる近未来の千葉の情景、さりげない小道具、疾走する文体。現在日常的に用いられているサイバースペースなる言葉はここから誕生した。二体のAIとマトリクスの合体によって神の如き存在が誕生する結末は古代キリスト教グノーシス主義における救済のテーマを彷彿させる。
本作はスプロール・シリーズと呼ばれる、短編群と舞台を同じくするギブソンの第一長編で、この後に続く「カウント・ゼロ」、「モナリザ・オーヴァー・ドライヴ」を合わせてスプロール三部作と呼ばれる。
ギブソン文体の特徴の一つであるカットバックによる場面展開はW. バロウズ、あるいはシュールレアリスム作家を彷彿させる。 また作中の小道具達の執拗な描写は士郎正宗もよく使う。
黒丸尚氏の翻訳もギブスン文体をよく表していて絶妙である。(原文でよんだのは「ヴァーチャルライト」だが・・)
小学生の頃にヴェルヌやウェルズ、ドイルを読んだときに味わっためくるめく感動っていうか眩暈のするような、心拍数のあがる感じを久しぶりに味わった。そしてこれをきっかけに俺の部屋の本棚は水色になっていく。